【余談】 【読書】 田島隆雄・忠哲也 『不屈』

【余談】 【読書】 田島隆雄・忠哲也 『不屈』

   「本来であれば、ぼくは社長として、そこの議長席に座っているはずでしたが……
  ぼくが希望の社長を退任し、最高顧問として会社に関わってきて、
  もう三年近くが過ぎました。
  希望事業部の各責任者のみなさんは、現在の希望の姿をどのように見て、
  また将来像をどのように描いているのでしょうか。

  ぼくは、学生の頃に私塾をひらいてから四十年以上にわたって
  この業界に携わり、希望の発展に尽くしてきました。
  時代の流れに乗り希望は順調に成長し、現在は教室数四百、
  生徒数七万人、売上高も三百億円になりました。
  子会社の希望ネットも、希望グループの第二の柱である
  「教育ソリューション事業」 で存在感を増してきて、
  現在、株式会社希望は 「塾業」 を超え、
  総合教育サービス業として支持されています。

    いつの時代も、教育は子どもたちの未来を築く礎です。
  私たちは、子どもたち一人ひとりの姿を大切に、 
  ご家庭や保護者をケア、サポートすることが使命です。

  これに携わるぼくたちはどう在るべきなのか、
  いま一度考えてみてください。

   過ぎし日を振り返りますと、
  やはり仲間を信頼し、感謝の念を忘れず、人の痛みを理解し、人の道を外さず、
  そして、その上で未来を見据える大きな視点が必要だと、
  つくづく考える今日この頃です。

   三年前に、ぼくに続く社長として、
  若手の進藤に未来を託したその背景は、希望グループが培ってきた独自の文化と、
  大切に育んできた業界および関係各社との友好、
  さらに創業からぼくを支えてきた事業パートナーとファミリー、
  娘たちとの永続的な友好関係を続けていただきたい、
  そしてそれらを通して、企業としての希望の一躍の飛躍を願ったからでした。

   しかし、目下のところ進藤の行動は、ぼくの真意に反しています。

   進藤は社長就任以来、創業者であり、
  最高顧問であるぼくに一切の相談もなく、
  会社の重要事項の決定を下してきました。

   まず、着任早々に、ぼくが預けた希望株と希望ネット株をV会に
  売却していたこと。

   次に、ぼくが選んだ事業パートナーである鳴海予備校への敵対行為。
  鳴海代表の俊作氏とぼくとは、長い友好を通して信頼関係を
  紡いできました。彼のマネジメント能力と教育への情熱は、
  業界でも高評価を得ています。

   だからこそ、昨年9月、V会とのバランスを考慮しつつ、
  ぼくは俊作氏に、所有する全株式を売却しました。
  事業パートナーを創業家で選ぶことは理念を継承していくことでもあり、
  ブランドの継続には大切なことだとの思いがあったからです。

   しかし希望経営陣は、それからわずか一カ月足らずで、
  V会に第三者割当増資をしました。表向きは資金需要とのことですが、
  鳴海予備校の株式比率を低く抑えたかったのでしょう。
  買収防衛策という口実の下に行われたあの決定は、
  ぼくの意にまったく反するものであったことをお伝えしておきます。
  これはぼくと進藤との間に決定的な対立を招きました。

   鳴海予備校と希望はずいぶん話し合いをしたようですが、
  残念ながら和解に至りませんでした。
  結局、鳴海は今年三月に、V会社長が懇意にしている北海道アドヴァンス会へ
  株式を売却しました。そして今回、希望は持ち株会社に移行するそうです。
  これから、希望はV会とアドヴァンス会の草刈り場になってしまうでしょう。
  今考えると、ぼくの社長退任も含めて、
  すべてどこかで誰かが計画していたような気がします。

   世の企業買収劇の一端をみるような今回のドタバタ劇は、
  教育業界で生きている当グループとしては、絶対にあってはならぬことです。
  モラルを失った企業の代償は大きいでしょう。
  このような醜聞は、会社のリーダーの見識と企業のモラルが問われる、
  恥ずべきことです。人間は羞恥心を失うと獣と同じです。
  礼を失しては人間とはいえません。

   進藤、ぼくはずっと君を信じていたよ。

   だから、とても残念だ。でもね、一つだけ言っておきたいことがある。
  信頼している人を裏切るようなことをしていると、経営っていうのはうまくいかない
  ――企業経営には、哲学が必要なんだよ。
  何があっても、これだけは守るというポリシーがないと、
  企業は市場に流されるままになり、やがて道を間違えてしまう。
  そうなるとお客様の支持も失ってしまう
――ぼくはそう考えています。

   第二次世界大戦が終わった後、ユダヤ人を迫害する強制収容所の
  責任者だったナチスの軍人が、裁判にかけられました。
  その裁判を見たある哲学者は、そのナチスの軍人が、
  極悪人というようには見えず、家族を大切にするごく普通の役人であったことに
  驚いたそうです。

   つまり、身の毛もよだつような悪や犯罪は、ごく普通の人間が、ごく普通に
  自らの出世を願って、凡庸に仕事を遂行するなかで行われるんですね。

   これが哲学の欠如です。哲学がなければ、私たちはごく普通に幸せを求める中で、
  とんでもなく悪いことを、知らず知らずに行ってしまうかもしれない。
  お金だけを追うのではなく、やっていいことと悪いこと、そして何よりも、
  自分のやりたいことと情熱を忘れないでください

  [田島隆雄・忠哲也 『不屈』 (幻冬舎 [pp.6-11])]

――学習塾をコアとする二部上場企業、
株式会社希望の株主総会 (2011年6月29日) において、
創業者の深町清人が、かつての教え子であった二代目社長の進藤に
諫言 (かんげん) する場面である。

本書は、塾業界黎明期の1970年代において、
ゼロから塾を立ち上げ、やがて全国区の大手学習塾に急成長させた
深町清人の一代記、あるいは
「貧しい生まれの少年が教育によって立身出世を果たす物語」 (p.123)。

創業当初からお客さまのニーズが
「効率良く成績を上げること」 (p.96) であることを把握し、
「学習塾」=「サービス業」 (p.102) と位置づけ、
マニュアル化による均質化と効率化を進め、
塾業界を一大産業へと発展させた深町の力業は圧巻のひと言。

そのためか、深町から進藤へとトップが変わり、
株式会社希望がV会に第三者割当増資をし、
結果、V会が希望の大株主となり、
さらにV会が北海道アドヴァンス会へ株式を売却し、
希望・V会・北海道アドヴァンス会三社で業務提携という形になり、
結局、希望は持ち株会社に移行する
――このプロセスにおいて、深町の影響力が雲散霧消する様は、
えっ?! ナニソレ?!と、呆気に取られてしまった。

それにもかかわらず――

   清人は、七十歳を超えた今もなお、希望ゼミナールの社長だった頃と
  変わらない笑顔で、毎日を過ごしている。
   自らが作り上げた会社を失っても、病に倒れて死線をさまよっても、
  飄々としたその態度は変わらない。
   人間の一生も、時には上がり、時には沈み、子どもから大人に成長し、
  年を取って老人になり、常にかたちを変えていくものだから、
  失われたものを嘆く必要はないし、得たものを喜びすぎることもない。
  人間は一人で生まれてきて、一人で死ぬ。
  その間に起きることはうたかたのようなものである。
  それが清人の人生哲学だ。
(p.187)

深町清人が 「不屈」とは、そういうことだったのかと。

とまれ、本書を通じて、塾業界が、戦後、どのような変遷を辿って、
今に至るのか、を大いに学ばさせていただいた次第です。

なお、希望ゼミナールとは間違いなく栄光ゼミナールのことでしょう。

本書を通じて、かの塾に対する見方が完全に変わりました。

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[内容紹介]

今や巨大な産業となった塾業界。
その初期、一人の男がマンションの一室から始めた塾は
やがて全国区の大手進学塾に成長。
しかし、巨大化していく裏で確実にひずみは大きくなっていき、
自分が産み育て上げてきた塾との別れは刻一刻と近づいていた。

1970年代初期、学校以外の学びの場といえば、
学生が個人宅で指導するようなものばかりで、塾は産業として確立されていなかった。
そんな中、塾が秘める大きな可能性に人生を懸けた男がいた――。

「塾をやらないか。子どもはどんどん増える。千載一遇のチャンスだ」
が口癖だった男の読みは当たった。
その後進学ブームは過熱し、始めた塾はやがて2つ、3つと増えていき、
全国区の大手進学塾に成長。
ついに上場を果たす。

失職、離婚、病との闘い……。
すべてを失った男に残ったものは、学びに秘められた希望だけだった――。

大手学習塾を創業し、日本に塾業界を作ったある男の波乱の半生を描く感動の大作。

 [田島隆雄・忠哲也 『不屈』 (幻冬舎)]

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コース選択 小学生コース中学生コース高校生コース
学年 1年2年3年4年5年6年既卒
希望科目 英語数学(算数)国語理科社会
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(複数可)
月曜火曜水曜木曜金曜土曜
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(複数可)
15:50-16:5017:00-18:0018:10-19:1019:20-20:2020:30-21:30
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