【余談】 【読書】 大隈重信 『日支民族性論』

【余談】 【読書】 大隈重信 『日支民族性論』

本書は大隈重信個人によるChina*観を吐露した 『日支民族性論』 の現代語訳。

* 「支那」 はChinaの訳語であるが、
この用語は、――倉山満氏の解説によると――
幣原喜重郎が首相の座にあった昭和二十年、占領軍の命令でその使用が禁止され、
「中国」 の呼称が徹底し、いまに至るとのことなので、ここではChinaと表記する。

早稲田大学創始者であり、かつ、二度にわたり総理大臣の地位に就いた
大隈のChina観が、本書において最も凝縮されているのは以下の箇所だろう:

  Chinaには、数千年の歴史がまるで一日のようにしてあるだけで、
  まったくといって進化の跡がない。

  いつものように、形式を尊び、詐術を愛し、それでいて、
  窮境 (きゅうきょう: 苦しい立場) におちいったときには、
  頼るべきではない相手を頼りにして、目の前の苦痛だけが去れば、
  それでいいのだといったように、将来の大きな患 (わずらい) にまで
  思慮の及ぶことがない。
(p.104)

――歴史上、「四海」 より入ってきてChinaを征服した蛮族、
具体的には、犬戎 (けんじゅう)、匈奴 (きょうど) 人、
羯 (かつ)、羌 (きょう)、鮮卑 (せんぴ)、
満州人、蒙古 (もうこ) 人、韃靼 (だったん) 人=清朝
――これらいずれもがその志を遂げ、Chinaを征服するも、
すぐに在来のChina文明に同化される。

結果的に:

   競争が起こったとしても、常にChina一国の内側に限られていたから、
  勝ったにせよ負けたにせよ、そのためにChinaの文明に新しい要素が
  加えられることが少しもない。

   というよりも蛮族は、武力的、物質的に漢民族を征服していても、
  かえって漢民族からは、文学的、精神的に征服されていた。
(pp.100-101)

つまり、蛮族がChinaを征服しても、結局はChina文明に同化されるという
ワンパターンの繰り返しで、文明は進歩しておらず、その民族性は不変だ、
というのが大隈のChina観の骨子と言える。

ただ、上記は大日本帝国の絶頂期だった大隈の時代の話ではある。
現代、いや、いまはどうだろうか。

ネクストラーナーズの「やる気のでる」「自信がつく」
授業を受けてみませんか?

お問い合わせ
お子さまのお名前
コース選択 小学生コース中学生コース高校生コース
学年 1年2年3年4年5年6年既卒
希望科目 英語数学(算数)国語理科社会
希望曜日
(複数可)
月曜火曜水曜木曜金曜土曜
希望時間
(複数可)
15:50-16:5017:00-18:0018:10-19:1019:20-20:2020:30-21:30
電話番号
メールアドレス
お問い合わせ内容・ご要望